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「安心のしるし」JIEAとは?「悪い商材は買わない、売らない、作らない」
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経営者の子供として北海道の大地で生まれ育つ。

おいしい食材に囲まれながらも、好き嫌いの激しい子供として育つ。 美味しい魚介類などがあるにも関わらず肉ばかりを食べていた。その反動からか、今はほとんど好き嫌いが無くなってしまった。それでもトマトだけは今でもまったく受け付けない。

親が建設業を経営している影響を受け、幼い頃から建設業の道を歩む決意をする。

意外に賢かったのか、受験勉強を一度も経験せずに推薦という形で全ての学校へ入学し、会社へも推薦で就職する。

強運の持ち主なのか、会社は建設業の中で日本のトップ3に入るスーパーゼネコンに入社する。

いわゆる【順調】に人生を歩んでいた。

日本トップ3の建設会社。
下請けの方達は私が20代の若造でありながらも愛想よく丁寧に対応してくれる。
給料もかなりいい。
普通に考えたら文句一つ無い生活である。

だが私は毎日苦痛を感じていた。

会社が全く楽しくない。毎日がストレスの塊であった。
ストレスで肺に穴が開いたときもあった。

それでもサラリーマンを数年間続けた。

私の父が経営者ということもあり、私は小さい頃から「社長」になりたかった。
何故なりたかったのかは解らない。
ただ幼い頃から自分は社長になるものだと勝手に思っていた。
その為サラリーマン生活を続けながらも会社から帰ってくると、ビジネス関係の書物を読みあさっていた。

サラリーマンには全く関係なさそうな経営に関する高い教材まで買い、夜は家でもくもくと勉強を続けていた。

そんな毎日を数年続けた。
人間という生き物には限界があるのだろう、私はサラリーマン生活に限界を感じていた。
そして経営者である父へ退職したいという告白。
退職して自分が社長になる為に修行して欲しいとお願いした。

答えは意外にも断られた。
何故断られたのかは今は理解できるがその当時は全く理解できなかった。

はっきり言えば、私は「逃げ」にまわっていたのだ。
サラリーマン生活がただ辛いから「逃げ」にまわっていたのである。

私はその当時その答えを探し回った。
何故今会社を辞めたらダメなのだろうか。
こんなに情熱を伝えても、何故断られるのだろうか。

私はその答えを必死に探した。

私は答えらしき物が見つかると、すぐに父にアタックした。
2度目も断られ、3度目も断られた。
3度目の正直という言葉はウソなのではないかという気持ちにまでなっていた。
しかし3度目の正直にはならなくても、3度目に気付く事ができた。

自分は「逃げているだけ」だと。

そして4度目。

私は再度父へ申し入れをしたのである。
私は今まで逃げていた事、逃げた気持ちで経営者になっても会社は存続できない事、
そしてこれからの経営スタイルを私はこう考えているなど、私の気持ちを全てぶつけた。

するとOKの返事がもらえたのである。

サラリーマン生活を続けて4年と半年。
いよいよ私の夢にまで見たサクセスストーリーの始まりである。

私はまず父の会社に入り、すぐに「取締役 技術管理部室長」というポストが与えられた。

名前だけはたいそう立派である。

でも実際の本人は「見習い」くらいがちょうどいい人間であった。
それでも名前に負けないようにと、必死に勉強した。
質問もたくさん来た。
正直解らないことだらけである。
「明日中に答えますね」と余裕の笑みを浮かべては、夜必死に答えを探し求めたものである。

それでも毎日が楽しかった。
取締役という名ばかりのネームをもらい、トップに立つ気持ちを味わっている毎日が本当に
楽しかった。

しかしある時、私はある本で「経営者には覚醒遺伝が起きる」という事実を知ったのである。

つまり「1代目のカリスマ的経営者の子供は、覚醒遺伝を起こし、どうしようもない2代目になりやすい」
というのである。

私の頭に雷が落ちたように感じた。
私はまさにその道を進んでいたのである。

「このままだと俺が会社を継いだら絶対にこの会社を潰してしまう」

本気でこのように感じたのである。
私一人の問題ならまだ収まる話だが、父の会社は億単位の会社である。
従業員の数も半端な数じゃない。
その家族全員を路頭に迷わせられない事に私は気付いたのである。

本当に甘かった。
甘すぎて胸焼けしそうなくらい甘かった。

でも後悔する前に気付いてよかった・・・

私にそんな気持ちが押し寄せてきた。
そこで私のとった決断。それは、

「自分自身がゼロから経営者となり、父を超えた段階で後を継ごう」

こう思ったのである。

私はすぐに父に相談した。
このままだと自分が会社を潰してしまうこと、自分でゼロから会社を起こしたいこと、など、気持ちを全てぶつけた。

すると父からもOKの返事がもらえた。
私はすぐに会社を設立する段取りに入った。

でもそこで問題が起きた。

会社を作っていったい何を売って商売をするんだ?

という事である。
父から仕事をもらってやるのであれば、全く意味がない。
ゼロから会社を作った意味が全くないのである。

私はサラリーマン時代からビジネスの勉強は毎日怠らなかった。だからビジネスに関する知識だけは誰にも負けない自信があった。

だから後はアイデアだけ。これさえあれば絶対成功できる。そう信じていた。

そこで私はあるマーケットに注目した。
「育児ビジネス」である。

少子化の時代だが、だからこそ子供を大事にする傾向がある。
第一、私の妻が育児にストレスを感じているから間違いない。

そう思ったら私はその気持ちを止められなかった。
まさに見切り発車である。

それでも分厚い事業計画書を作り、資金集めに駆け回った。
しかし新規の会社は中々相手にしてくれない。
当たり前の話である。
今まで私は昔から存在する信用力のある会社にいた為、そんな事は気にもしなかった。
その時、新規で作った会社の辛さをことごとく感じた。

それでも何とか予定の資金が集まった。
よし!やろう!

その当時の私は「成功するイメージ」しかなかった。
「失敗するはずがない!」本気でそう思っていた。

案の定フタを開けてみたら、大失敗である。
これからやってやる!と意気込み満点の社長が一気に2000万円の借金を背負う事になった。
本気で自分の人生を悔やんだ。
「なんて事をしてしまったんだ。」
「過去に戻りたい」
こんな事しか頭に思い浮かばなかった。

そして胃を悪くし、胃カメラを飲む始末。
体中が痛くなり、朝布団から起きれない始末。

始めは周りの目がとても気になったが、そんな事はどうでもよくなった。

「まずはこの借金をなんとかしないと。」

私はリスクが少なく、大きなリターンを求めれるビジネスを探しまくった。

そんなビジネスあるわけない。
これが普通の人の考えである。
でもその当時の私は普通でない。
「極限状態」である。

ある時は1日中本屋で稼げそうなビジネス書を探した日もあった。
正直その時点で終わっている。
ある時は1日中インターネットで稼げる情報を探した日もあった。
嘘くさいビジネスが鬼のようにあった。

でも私は探した。
いや、探さなければいけなかった。
するとインターネットビジネスでアフィリエイトという稼ぎ方がある事を知った。

私はすぐにアフィリエイトで稼ぐ方法を勉強した。
1日中アフィリエイトのことばかりを考えていた。
アフィリエイトと名の付くものは全て吸収していった。
毎日毎日がアフィリエイトだった。
すると、2ヶ月目にいきなり成果が出た。

なんと1ヶ月で140万円以上のお金を稼いでしまった。

正直その時は意味が解らなかった。
「ほんとにその140万円は俺の口座に振り込まれるのか?」という疑問まで浮かんできた。
だが実際にその140万円は私の口座へ見事振り込まれた。

「インターネットビジネスはリスクなく大きく儲かる!」

私は大きな何かを掴んだ気持ちになった。
私はすぐに情報起業の世界に足を踏み入れようと決意した。
人間は波に乗ると本当に怖いものである。

今度は3ヶ月目に月1300万円以上を稼いでしまったのである。
粗利で600万円以上あった。
いきなり1ヶ月で600万円の現金を手に入れた。

今までの年収を1ヶ月で稼いでしまったのである。
私はパソコンの目の前で踊り狂いそうになった。

のっている人間には何をリクエストしてもいいのだろうかと勘違いするくらいその時の私はのっていた。
コピーライティングの技術もメキメキと上達した。

今度はその知識を使いコンサルタントになる決意をした。
多くの経営者をプロデュースしたりコンサルティングした。
そして次々と成功を収めていったのである。

考えてみれば当たり前の話である。

私のプロデュースは机上の空論ではない。
全て私自身が実践し、結果をもとに検証し、アドバイスをしている。

プロデューサー、コンサルタントという顔を持ちながら、実は自分自身も実践者として日々実践しているのだ。

ある女性経営者には
わずか1ヶ月で2800万円以上を稼がせたり、

ある整体師の先生には6ヶ月で2900万円以上を稼がせたりと、数々の偉業を達成してきた。

現在私は数多くの経営者などをプロデュースしたりコンサルティングしている。その収入だけで月に7桁を下回らなくなった。

まさにどん底からの大逆転劇である。
テレビドラマの世界を自分自身で演出してしまった。

失敗した当時の自分を思うと、今でも吐きそうになるが、それでもあの当時の自分がいなかったら今の自分は無いと言っても過言ではない。

私は一度犯した失敗は絶対に2度と犯さないと決意している。


私の大失敗劇の経験、月1000万円以上をネットだけで稼ぎ出すスキルを活かして、あなたのお役に立ちたいです。

佐藤文昭
私は一度犯した失敗は絶対に2度と犯さないと決意している。


私の大失敗劇の経験、月1000万円以上をネットだけで稼ぎ出すスキルを活かして、あなたのお役に立ちたいです。